
※登場人物は全て仮名です。
35歳、独身。久しぶりの合コンだった。
友人の絵美が「いい人いるから」と半ば強引に誘ってくれた。最近は仕事ばかりで出会いもなく、正直気が進まなかったが、せっかくの機会だ。
当日は12月の金曜日。気温は5度。
クローゼットから取り出したのは、久しぶりに着る膝丈のタイトスカート。黒のニットと合わせれば、それなりに見える。問題は足元だ。
「寒いんだよな」
私は重度の冷え性である。真冬に薄手のタイツ一枚で外出するなど、考えられない。
でも、分厚いタイツは野暮ったい。合コンという華やかな場には相応しくない気がする。
そこで私は、いつもの必殺技を使うことにした。
まず60デニールの黒タイツを履く。その上に80デニールを重ねる。さらに、表面をキレイに見せるため、一番上に薄手のストッキングを履く。
三重構造だ。
鏡で確認する。うん、悪くない。遠目には普通のタイツに見える。これなら大丈夫だろう。
ブーツを履けば、足首も隠れる。完璧だ。
午後7時、待ち合わせの居酒屋に到着した。
「今日は掘りごたつの個室取ったの」
絵美がニコニコしながら言った。
掘りごたつ。
その瞬間、嫌な予感がした。
案内された個室に入ると、予感は的中した。靴を脱いで上がるタイプの座敷である。
「ブーツ、脱がないとダメか」
心の中で呟きながら、私はゆっくりとブーツを脱いだ。
男性陣は3人。みんな30代後半くらい。悪くない感じだ。
「寒い中ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
挨拶を交わし、席に着く。
掘りごたつに足を入れた瞬間、ホッとした。これなら足元は見えない。三重タイツも安泰だ。
乾杯をして、自己紹介が始まった。
私の向かいに座ったのは、商社勤務だという健太郎さん。落ち着いた雰囲気で、話しやすそうだ。
「今日、寒かったですよね」
健太郎さんが話しかけてきた。
「そうですね。もう12月ですもんね」
当たり障りのない会話。悪くない滑り出しだ。
料理が運ばれてきて、場も和んできた。絵美が「トイレ行こう」と私を誘った。
トイレで絵美が言った。
「隣の人、いい感じじゃない?」
「まあ、話しやすいかな」
「積極的にいきなよ」
「わかってるって」
手を洗いながら、何気なく鏡を見た。
そして、私は固まった。
膝の裏に、謎のシワが寄っている。
いや、シワというより、生地が重なってモコモコしている。三枚のタイツが微妙にずれて、膝裏で団子状になっているのだ。
「やば」
小声で呟いた。
「どうしたの?」
絵美が聞いてくる。
「いや、なんでもない」
個室に戻ると、私は膝裏のモコモコが気になって仕方がなかった。座っている時は見えないが、立ったら絶対におかしい。
でも、どうしようもない。
1時間ほど経った頃、隣の席の女性が「ちょっと暑くないですか」と言い出した。
確かに掘りごたつに加えて、暖房も効いている。私も少し暑く感じていた。
「窓、開けましょうか」
健太郎さんが立ち上がった。その時、彼の視線がふと私の足元に向いた。
いや、正確には足首だ。
掘りごたつから出ている、私の足首。
健太郎さんは一瞬、不思議そうな顔をした。
「あれ、タイツ何枚履いてるんですか?」
時が止まった。
「え?一枚ですけど」
動揺を隠しながら答えた。
「そうなんですね。足首のところ、なんか段々になってるように見えたから」
「!!!」
絵美が横から助け舟を出してくれた。
「たぶん光の加減じゃない?」
「あ、そうですね。すみません」
健太郎さんは笑って誤魔化したが、私にはわかった。完全にバレている。
足首の三重タイツが、まるでミルフィーユのように重なって見えているのだ。
それからの時間は地獄だった。
会話に集中できない。笑顔を作るのも精一杯。ただひたすら「早く終わらないかな」と願うばかり。
お開きになり、店を出る時、健太郎さんが「また機会があれば」と言ってくれたが、社交辞令だとわかった。
その後、連絡先を交換したものの、一度もメッセージは来なかった。
それから3ヶ月後の春。
職場の後輩、25歳の麻衣が言った。
「先輩、冬ってどうしてました?スカートの時」
「え?普通にタイツ履いてたけど」
「薄手のタイツだと寒くないですか?私、冷え性で」
「ああ、わかる。私も寒いから重ね履きしてた」
麻衣は不思議そうな顔をした。
「重ね履き?フェイクタイツ使わないんですか?」
「フェイク?なにそれ」
「裏起毛なのに、見た目は薄手のストッキングみたいなやつです。めっちゃ暖かいですよ」
「そんなのあるの?」
「ありますよ。もう3年くらい使ってます」
3年。
私が三重タイツで合コンに臨んだのは、3ヶ月前だ。つまり、その時すでにフェイクタイツは存在していたのだ。
「ちょっと見せて」
麻衣はスマホで商品ページを見せてくれた。
「表面はツルッとしてて、30デニールくらいに見えるんです。でも内側は裏起毛で、200デニール相当の暖かさ」
「厚くないの?」
「全然。1ミリもないくらい。だから重ね履きする必要ないんです」
私の脳裏に、あの合コンの光景が蘇った。
足首のミルフィーユ。膝裏のモコモコ。健太郎さんの不思議そうな顔。
「もっと早く知りたかった」
思わず声に出していた。
「え?」
「いや、なんでもない」
その日の帰り道、私はスマホでフェイクタイツを注文した。
ベージュと黒、各2枚ずつ。
1枚3000円。今まで買っていたタイツの3倍以上の値段だ。
でも、ポチる手に迷いはなかった。
3日後、商品が届いた。
袋から取り出すと、本当に薄手のストッキングにしか見えない。「これが裏起毛?」と疑いたくなるほど、自然だ。
試しに履いてみた。
「あ」
声が漏れた。
内側のモコモコ感が、足を優しく包む。暖かい。でも外から見ると、完全に普通の薄手タイツだ。
鏡の前でスカートを履いてみる。
足首を確認する。段々、なし。
膝裏を確認する。モコモコ、なし。
太ももを確認する。着膨れ感、なし。
完璧だ。
試しに窓を開けてみた。3月の夜風が入ってくる。
でも、足は暖かい。
「これ、すごい」
一人で呟いた。
翌週、また絵美から合コンのお誘いがあった。
「今度は本当にいい人いるから」
「わかった、行く」
前回とは違い、即答だった。
当日、私は新しく買った黒のフェイクタイツを履いた。
膝丈のスカートに、ヒールのあるパンプス。三重タイツの時とは違い、足元に自信が持てた。
待ち合わせ場所に向かう電車の中で、ふと考えた。
もしあの時、フェイクタイツを知っていたら、健太郎さんとの関係は変わっていただろうか。
多分、変わっていた。
足首の段々を指摘されることもなく、膝裏のモコモコに怯えることもなく、普通に会話を楽しめていたはずだ。
そして何より、私自身が堂々としていられた。
「もっと早く知りたかったな」
小声で呟いた。
でも、知ったのが今でよかったのかもしれない。
あの合コンの失敗があったからこそ、このフェイクタイツの素晴らしさが心に刺さる。
これからは、もう重ね履きをする必要はない。
寒さを我慢する必要も、足首の段々を気にする必要もない。
ただ、一枚のフェイクタイツを履くだけでいい。
合コン会場に到着した。
今日は、大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら、私はドアを開けた。